木下議員③

H27.9月18日登壇

安全保障関連法案の強行採決に抗議し廃案とすることを求める決議の反対討論原稿

公明党 木下 広

 

私は、公明党豊島区議団を代表して、ただいま議題とされています、日本共産党豊島区議団から出された、議員提出議案第16号「安全保障関連法案」の強行採決に抗議し、廃案とすることを求める決議に大反対の立場から討論を行います。

 今回の安全保障法制の背景には、我が国を取り巻く安全保障環境の大きな悪化があります。8月の中旬には北朝鮮と韓国が武力衝突。9月に入ってからは、北朝鮮の核実験の報道が国営放送で流されました。公明党は、日本を含む各国が紛争や戦争に至らぬよう、日頃の平和外交を最も重要視しており、その努力も長年にわたって事実として継続してまいりました。そうした努力を重ねても、なお世界においては、核兵器や弾道ミサイルなど大量破壊兵器の脅威が拡散し、しかもその軍事技術が著しく高度化しているのであります。また、日本人2人が犠牲になっているISIの広域的テロ。日本人企業人10名が犠牲になった、石油精製施設へのテロ被害など記憶に新しいところであります。

今やこうした脅威が国境を越えてやってくる危険性も十分にあり得るのです。こうした中、隙間の多い現状の防衛体制を改め、国民の安全を守るのは国の最大の使命であり、政治が必要な法律や同盟国との連携強化を整備することは当然のことであります。それに協力するどころか、妨害する人たちは、いざ国民や自分たちが危機にさらされたときにどのように対応しようとしているのか。そのことも考えずに、批判だけ繰り返すのは、あまりに無責任であります。

 公明党は、憲法前文と13条にうたわれた、全世界の国民が、平和のうちに生存する権利と日本国民の生命、自由、幸福追求の権利、そして不戦の誓いである憲法9条を守りぬくために、責任を持って閣議決定を行い、関連法案の作成に挑みました。この度の平和安全法制が整備されたとしても、日本が世界で最も軍事力に抑制的な法律を持つ国であることは、何ら変わらないのであります。

 安全保障関連法案は、衆議院で116時間の委員会審議がなされ、7月16日衆議院本会議で可決され、参議院に議論の場が移され、お盆も審議をし、参議院でも約100時間を超える審議がなされました。衆参200時間を超えるのは、国連平和維持活動(PKO)協力法の審議時間を上回りました。

さらに質疑時間の与野党の配分比率を見ると、衆院では与党が約14%、野党が約86%。これに対して参院では採決前日までに与党が約23%、野党が約77%に上り、野党側に十分な審議時間が確保されたのは明らかであり、審議はつくされていないという野党の主張は全く当たらないものです。

そして、昨日、9月17日の夕方、参議院特別委員会で採決したのち、本日の参議院本会議で与党、自由民主党、公明党に加え日本を元気にする会、次世代の党、新党改革の野党3党の賛成多数で可決されようとしています。

野党は言論の府である国会議事堂で、しかも良識の府といわれる参議院で、女性議員を理事室前に大勢並べ出入りをできなくし、排除しようとする相手に「セクハラだ!」と物理的な力で委員長を監禁状態にする等なりふりかまわぬ反対を繰り返しました。それこそ言語道断だと街のお母さんが言っていました。連日、国会議事堂の前の法案に反対するデモ抗議行動がマスコミに登場していますが、8月になってからは、安保法案の早期成立を掲げる賛成のデモ集会も報道されています。マスコミでも朝日、TBS系は反対の模様に時間を割いて、賛成の集会は少ししか報道していません。

 マスコミで取り上げられているマイクを使った安保法制反対の掛け声も「戦争反対」、「憲法守れ」、を繰り返していますが、我々、公明党も全く一緒で「戦争反対」であり結党以来、国民とともに反戦、反核の運動を繰り広げてまいりました。その上で、冷戦終結後の世界のパワーバランスの中で、国民の生命と財産を守るため、戦争にならないため今回の法整備を推進してきました。「憲法九条は守らなくてはならない」と結党の時から主張してきました。

 戦争=武力行使は、今や国連憲章=国際法で禁じられているのは世界の常識です。戦争すること自体が、法律違反であり、公明党が与党にいる限り与党が国際法違反の戦争する法案を提案するわけがないのです。「戦争法案」という批判は、全く的外れです。平和安全法制は、国際法のルールを破り、日本を攻撃する国などが出てきた時に、国民の生命権利をどうやって守るのか、万が一の対応について法律で定めたものに他なりません。

 そして万が一、自衛隊が自衛権に基づき防衛出動する場合であっても、国会の承認は、不可欠です。これは明確に定められています。国会の承認が必要ということは、防衛出動について、政府とともに、国民の代表である国会も責任を共有する事になり、我々公明党が強く要望したものです。政府の勝手な判断だけではできません。

自衛隊の存在そのものを憲法違反と言っている人たちに、平和安全法制について聞いても、憲法違反と答えるのは当たり前のこと。豆腐が嫌いな人に厚揚げを勧めて断わられるのと同じです。そうした反対論は論外としても、今回の法制では、国際法上の「他国防衛を目的とした集団的自衛権」行使を認めたのではない、ということを丁寧に説明してきました。

日本は、国連加盟国として、国際法で認められた集団的自衛権は、権利としては持っています。しかし、この他国防衛を目的とする集団的自衛権の行使は、「自国防衛のための武力行使のみを例外として、それ以外は認めない」という、日本の憲法解釈で否定されてきました。この点は、今回の法制でも全く変えていません。自衛隊が武力行使を行えるのは、自衛の措置としてだけです。

 参議院での審議が進むにつれて、各種世論調査でも、安全法制の必要性が徐々に理解を広げる中、8月の終戦70年談話が出された直後にはあるマスコミの調査では65%の国民が必要、ある程度必要と回答しました。安倍晋三首相(自民党総裁)と公明党の山口那津男代表は9月16日午前、日本を元気にする会、次世代の党、新党改革の野党3党の党首と国会内で平和安全法制関連法案をめぐって会談し、自衛隊を派遣する際の国会の関与を強めるため付帯決議と閣議決定を行うことなどで合意調印した。野党3党が採決に加わり、参議院の10個の会派のうち、半分の5つの会派が賛成したこの法案は、『強行採決』でないことは明々白々であります。また、インターネットの情報では、過去6年間の強行採決の回数が話題になっています。前政権では、3人の総理大臣が数十回も強行採決を乱発。安倍自公政権になってから3年数か月は、平和安全法制の採決を入れて数回であり、盛んにマスコミに露出していた野党第一党の「強行採決」という言葉は、ブーメランのようにご自分たちに返ってくることになりました。

 今回決議を提案されている、日本共産党は、そもそも自衛隊の存在を違憲と主張されてきて、自衛隊を活用した、我が国の平和と安全を守る安全法制整備には賛成できるわけがなく、もし北朝鮮のミサイルが飛んできたらどうするのか?あまりにも現実離れしていると、ある方が言っておられました。先日の豊島区議会防災震災対策調査特別委員会でも10月実施予定の豊島区総合防災訓練に自衛隊が参加することに反対すると、久しぶり日本共産党らしいご意見を正式な委員会で発言していただき、委員会室が静まりかえりました。

 先日の茨城県常総市、宮城県大崎市の豪雨被害で多くの方が、自衛隊のヘリコプターに助けられる姿が連日報道されました。4年半前の東日本大震災、20年前の阪神淡路大震災、中越地震、その他全国の様々な災害で献身的な自衛隊の活躍が、被災された方々から感謝されていることは、周知の事実であります。日本共産党が望むように、もし自衛隊がなかったら、一体何人の尊い命が・・・と考えるのは私一人ではないと思います。

 さて、この日本国憲法が戦後国会で議論され可決成立したのが昭和21年1946年の制憲議国会です。先日ある政治評論家の記事で、この憲法成立の採決で反対した政党があることが記載されていました。その評論家の説明によると、当時の反対理由として、天皇条項とともに、第九条を真っ向から批判し「新憲法には、戦争放棄が明記されている。戦争には正しい戦争と不正の戦争の二種類がある」「自衛戦争は認めるべきで、第九条は一個の空文にすぎない」「民族独立のためにこの憲法に反対しなければならない」と表明されたそうです。

不思議なことに、この日本国憲法成立に反対した方々が、今では「憲法守れ!」「九条守れ!」と賑やかにポスターを区内中に貼りめぐらせています。国会前で安保法制反対のデモに参加され「九条守れ」とマイクで叫んでいる方の何人がこの事実を分かっておられるのか、大変興味深いところです。

 また、決議案には、多数の憲法学者が今回の安全法制を違憲と言っていと記載されています。しかし、「自衛隊の存在」について、違憲かどうかのアンケート調査には、大多数の憲法学者が自衛隊の存在自体に違憲と唱えており、このアンケート結果が朝日、毎日、東京新聞に報道されていないことに不思議さを感じます。一方では今の日本に自衛隊が必要であるどうかという質問に、90%超えた方が必要と答えており、自衛隊を違憲と言っている憲法学者がいかに普通の国民の意識と大きな格差がある事がうかがわれます。

また、法案の参議院審議で野党推薦の参考人の憲法学者から「我々は学者であり、机上の空論で飯を食っている。政治家は常に国民の生活、生命と財産と向き合いながら責任を負う。実生活からくる政治の判断と机上の空論がくい違うことは当然ありうる」と言われる通りであり、憲法学者の判断がそのまま、国民の生活向上に資するとは限らないのであります。

 9月14日の参院平和安全法制特別委員会で、平成15年5月の読売新聞と「中央公論」17年7月号で野党の最高幹部の発言記事が紹介され、防衛政務官が委員会で読み上げました。それによると野党の幹部さんは「日本を防衛するために活動している米軍が攻撃された場合、日本に対する行為と見なし、日本が反撃する余地を残すのは十分合理性がある。今の憲法は全ての集団的自衛権の行使を認めていないとは言い切っておらず、集団的自衛権の中身を具体的に考えることで十分整合性を持って説明できる」

 「仮に集団的自衛権を憲法なり、法律なりで認めるとしてもきちんと制限を明示したほうがよいだろう。いずれにせよ、より具体的な形で議論すべきだ。最後にはその時々のリーダーが政治生命をかけて決断しなければならない」

「いざというときは集団的自衛権の行使に相当することもやらざるを得ないことは、現実に起きうるわけです。ですから、原則としては、やはり認めるべきだと思います。認めた上で乱用されないように、歯止めをかける手段をどのように用意しておくべきかという議論が大切になってくるわけです」と紹介されました。当時おっしゃったことは、今回の安保法案と全く同じことをおっしゃっています。それで、なぜ、今回は、反対なんでしょうか?分けがわかりません。ブーメランもここまでくると国宝ものです。

本決議案には「圧倒的多数の反対」とありますが、少なくとも、野党第一党の幹部の方々は、今回の安保法制と同じ考えを持っておられ、我々が提案するこの安全法制は常識的な範囲の法律なのであります。

我が国の国民が、主として自衛隊と日米安保条約に基づいて、永らく守られてきたことは明確な事実であります。今後もアメリカを中心とした同盟国と一層の連携強化をはかることが必要です。加えますと、アジアの殆どの諸国も今回の安保法制には理解を示しています。

  最後に、今回の安保法案に関するマスコミ報道が、1992年可決したPKO法の時と全く同じように、「アメリカの戦争に巻き込まれる」「自衛隊を海外に派兵法案」「戦争法案」など、実態に基づかない国民を不安にさせる、一方的で無責任なキャンペーンが横行したことを指摘しておきます。しかしながら結果は、自衛隊員による気温が40度を超える砂漠で、生活の基盤を奪われた多くの難民、特に汚れた水を飲み、命を失っていく乳児や不衛生と栄養失調のために病に侵された人たちを救うために、井戸や診療所を作り、泥だらけになりながら道路を整備して、一発の弾丸も撃たずに、任務遂行を果たし、多くの現地の人たちの生命を守って、現地の方々から限りない感謝と称賛を浴びる活躍ができたのであります。日本国内においても、PKOは国民の大半の支持を受けております。にもかかわらず、批判のための批判に終始し、国民を惑わし、欺いたマスコミ人たちは、無責任なキャンペーンをしたことをなんら反省もせず、20数年たった現在も同じ過ちを繰り返そうとしています。「信念なき言論、煙の如し」です。 

以上、今国会で可決された「安全保障関連法案」は、日本の国と国民を守る大事な大事な法律であります。よって、ただいま上程されております、議員提出議案第16号「安全保障関連法案」の強行採決に抗議し廃案とすることを求める決議に断固反対する事を表明し、私の討論を終わります。

 ご清聴誠にありがとうございました。